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東京地方裁判所 平成7年(ワ)23440号 判決

原告

鐘紡株式会社

右代表者代表取締役

石原聰一

右訴訟代理人弁護士

鈴木秀彦

右輔佐人弁理士

鈴木秀雄

被告

株式会社自然化粧医学会

右代表者代表取締役

井上浩郷

主文

一  被告は、別紙標章目録二、三、五及び六記載の標章を、化粧品、その容器若しくは包装に付し、又は容器若しくは包装にこれを付した化粧品を販売し若しくは販売のために展示してはならない。

二  被告は、別紙標章目録二、三、五及び六記載の標章を、化粧品に関する広告物に付し、又はこれを付した広告物を展示し若しくは頒布してはならない。

三  被告は、別紙標章目録二、三及び五記載の標章を付した化粧用クリームの外箱、同目録五及び六記載の標章を付した化粧用クリームの磁器製容器、同目録五記載の標章を付した商品カタログ及び同目録五記載の標章を付した宣伝用看板を廃棄せよ。

四  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

七  この判決は第一項ないし第四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  主文第二項と同旨

3  被告は、別紙標章目録二、三、五及び六記載の標章を付した化粧品、その容器若しくは包装又は広告物を廃棄せよ。

4  被告は、原告に対し、金一三〇万円及びこれに対する平成八年五月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の商標権

原告は、次の商標権(以下「本件第一商標権」、「本件第二商標権」といい、あわせて「本件商標権」という。また、それぞれの商標権にかかる登録商標を総称して「本件商標」という。)を有している。

(一) 登録番号第五二五五六二号

登録商標

「BIO/ビオ」(横書)(別紙登録商標目録1記載のとおり。以下「本件第一商標」という。)

商品の区分

第三類(旧々分類)

指定商品

香料及び他類に属しない化粧品

出願年月日

昭和三二年八月三一日(商願昭三二―二四七四六号)

出願公告年月日

昭和三三年三月一〇日(商公昭三三―四〇七七号)

登録年月日

昭和三三年八月一六日

更新登録

昭和五四年四月五日

昭和六三年八月二四日

(二) 登録番号第六八七七八七号

登録商標

「BIO」(横書)(別紙登録商標目録2記載のとおり。以下「本件第二商標」という。)

商品の区分

第四類(旧分類)

指定商品

化粧品および香料類(ただし董料を除く)

出願年月日

昭和三五年六月六日(商願昭三五―二六一五二号)

出願公告年月日

昭和三九年二月六日(商公昭三九―二〇八一号)

登録年月日

昭和四〇年一〇月二〇日

更新登録

昭和五〇年一二月九日

昭和六〇年一二月二三日

平成八年三月二八日

2  被告の行為

被告は、「ナルド化粧品」と総称する化粧品を販売しているところ、本件商標権の指定商品に属する商品である化粧用クリーム(以下「本件化粧品」という。)に、次のとおり、別紙標章目録一ないし六記載の標章(以下、同目録記載の番号にしたがい「被告標章一」ないし「被告標章六」といい、これを総称して「被告標章」という。)を使用し、若しくは使用していた。

(一) 被告は、平成三年一月から平成七年一二月末までの間、本件化粧品の磁器製容器の側面に被告標章一及び四を付して、本件化粧品を販売した。

(二) 被告は、本件化粧品の磁器製容器の側面に被告標章五及び六を、本件化粧品の外箱の側面に被告標章二、三及び五をそれぞれ付して、本件化粧品を販売している。

(三) 被告が平成七年一〇月まで本件化粧品の販売のために頒布していたチラシ及び被告が平成七年一〇月ころまで本件化粧品の販売のために頒布していた商品カタログには、被告標章四が付された本件化粧品の容器が表示されていた。

(四) 被告が本件化粧品の販売のために頒布している商品カタログには、平成七年一〇月ころから、被告標章五が付された本件化粧品の容器が表示されている。

(五) 被告は、被告標章五を本件化粧品の宣伝用看板に使用している。

3  本件商標と被告標章の類似性

(一) 被告標章の要部について

(1) 被告標章一、二及び六は、いずれも「ナルド」という文字表記を含む標章であり、被告標章三は、「NARD」という文字表記を含む標章である。また、被告標章四は、「NARD」という文字表記の入った壺形図形を含む標章であり、被告標章五は、「NARD」という文字表記を含み、かつ、「NARD」という文字表記の入った壺形図形を含む標章である。これらの「ナルド」「NARD」という文字表記の部分は、被告が販売する化粧品の総称として認識される部分であるところ、もともと、「ナルドの香油」という化粧品の一種を示す表記として知られている普通名称にすぎず、商品識別機能を有する部分ではない。この点は、以下のような事情から明らかである。

① 「NARD」及び「ナルド」という文字表記は、古くから知られている「香料」の一種である「ナルド」又は「甘松香」を示す普通名詞として、通常の英和辞典、仏和辞典、独和辞典(但し、ドイツ語では「NARDE」)に収録されている。

② 被告は、「ナルドの壺」(横書)という標章について、昭和五六年四月一三日に商願昭五六―二九七六九号として商標出願を行ったが、右出願は「この商標出願にかかる商標は、「カンショウ香入りの壷」の意を表わす「ナルドの壷」の文字よりなるから、これを指定商品中の「薫料」に使用するときは商品の品質を表示するにすぎないものと認める。」という理由による拒絶理由通知を受け、そのまま昭和五九年六月八日に拒絶査定を受けた。

また、別紙被告商標目録(一)記載の商標の出願に対しても、「この商標登録出願に係る商標は、線香、煉香、香袋等に用いるオミナヘシ科植物「甘松(香)」を認識させる文字「NARD」、「ナルド」を含むので、指定商品中「ナルド(甘松香)エキスを用いた化粧品あるいはナルドの香りを有する化粧品」以外の商品に使用するときは商品の品質の誤認を生じさせるおそれがある。」という理由による拒絶理由通知がなされた。

右各出願の出願経過に照らせば、特許庁においても、「NARD」及び「ナルド」なる文字表記は商品識別力を生ぜしめない「香料」の一種を示す普通名称として扱われていることが明らかである。

③ ところで、「香料」は、現行商標法上の商品区分においては、「化粧品」と同じく第三類(旧商標法上の商品区分においては第四類)に属する商品であるが、「香料」と「化粧品」中の「香水類」との区分の基準としては、芳香を発することを主目的とする製品のうち、主として人の肌に使用されるものは「化粧品」中の「香水類」に属するとされている。

「NARD」又は「ナルド」は、新約聖書の物語にも登場する「ナルドの香油」、すなわち人体に施す「香油」の名称として知られているのであるから、右の分類基準によれば、「香料」の一種を示す普通名称であるというより、むしろ、「化粧品」の一種の普通名称として知られている表記であるということができる。

(2) また、被告標章は、いずれも「クリーム」又は「CREAM」という文字表記を含む標章であるが、「クリーム」又は「CREAM」は、化粧品の性状(クリーム状)を表示するにすぎないので、この部分は、商品識別機能を有する部分ではない。

(3) したがって、被告標章において、商品識別機能を有する要部は、いずれも「ビオ」又は「BIO」の部分にある。

(二) 被告標章と本件商標の類似

(1) 被告標章一及び六について

① 被告標章一「ナルド ビオクリーム」(横書)においては「ビオクリーム」の部分と間隔を置いて、また、被告標章六「ナルド ビオ クリーム」(横書)においては「ビオ」の部分と間隔を置いて、それぞれ左側に「ナルド」という表記部分が配置されているが、この部分は、前述のとおり、「ナルドの香油」という化粧品の一種を示す普通名称にすぎず、商品識別機能を有する部分ではない。また、被告標章一及び六のうちの「クリーム」の部分は、化粧品の性状(クリーム状)を表示するにすぎない。

すなわち、被告標章一及び六は、「ビオ」の前に間隔を置いて「ナルド」という文字表記を、「ビオ」の後に連続して、若しくは間隔を置いて「クリーム」という文字表記を配したものであるが、「ビオ」以外の部分はいずれも化粧品の一種を示す普通名称、すなわち商品識別機能を有しない表記であるから、被告標章一及び六全体において、商品識別の標識としての機能を果たす要部は「ビオ」の部分にある。

② 右各標章において、「ビオ」の部分の外観は、本件第一商標「BIO/ビオ」の下段部分「ビオ」と同一である。また、その称呼は、本件第一商標及び本件第二商標の称呼と同一の称呼「ビオ」を生ずる。

したがって、被告標章一及び六は、全体として本件商標と類似する。

(2) 被告標章二について

① 被告標章二「ナルドビオクリーム」(横書)は、すべての文字が一連に表記されているが、この標章は、被告標章三「NARD BIO CREAM」と共に本件化粧品の外箱に記載されているものであるから、「ナルド」、「ビオ」及び「クリーム」の三つの部分からなる標章の便宜上の連続表記として認識されるものであり、したがって、被告標章一及び六と同じく、被告標章二全体において、商品識別の標識としての機能を果たす要部は「ビオ」の部分にある。

② 右標章において、「ビオ」の部分の外観は、本件第一商標「BIO/ビオ」の下段部分「ビオ」と同一である。また、その称呼は、本件第一商標及び本件第二商標の称呼と同一の称呼「ビオ」を生ずる。

したがって、被告標章二は、全体として本件商標と類似する。

(3) 被告標章三について

① 被告標章三「NARD BIO CREAM」(横書)は、全体が互いに間隔を置いて表記される三つの部分から成っているが、「NARD」の部分は、前述のとおり、「ナルドの香油」という化粧品の一種を示す普通名称にすぎず、また、「CREAM」の部分は化粧品の性状(クリーム状)を表示するにすぎない。すなわち、被告標章三は、「BIO」の前後に、商品識別機能を有しない「NARD」及び「CREAM」という表記を付記しただけのものであり、しかも、「NARD」と「BIO」と「CREAM」は互いに間隔を置いて配列されていて、中央に配置されている「BIO」は、外観上も称呼上も最も目立つ部分であるから、商品識別の標識としての機能を果たす要部は、中央の「BIO」の部分にある。

② 右「BIO」の部分の外観は、本件第二商標「BIO」と同一であり、また、本件第一商標「BIO/ビオ」の上段部分「BIO」と同一である。また、その称呼は、本件第一商標及び本件第二商標の称呼と同一の称呼「ビオ」を生ずる。

したがって、被告標章三は、全体として本件商標と類似する。

(4) 被告標章四について

① 被告標章四は、「BIO CREAM」という文字部分と、「NARD」という文字を組み込んだ壺形図形の部分から成るものであるが、壺形図形の中程の白地部分(壺形図形の上半部分のうちの、さらに約半分を占める白地部分)に「NARD」(横書)という文字表記を組み込んだ図形は、化粧品容器としてありふれた形状の壺形図形中に、前記のとおり化粧品の一種を示す普通名称にすぎない「NARD」という文字表記を組み込んだだけのものであるから、化粧品の標章として、特段の識別機能を有しうるものではない。

被告標章四において、壺形図形の下にある「BIO CREAM」(横書)という文字表記部分のうち、「CREAM」の部分は化粧品の種類又は性状を表示する部分にすぎず、なんらの商品識別機能を有していない。したがって、被告標章四の全体において、商品識別の標識としての機能を果たす要部は、文字表記部分のうちの「BIO」の部分にある。

② 右「BIO」の部分の外観は、本件第二商標「BIO」と同一であり、かつ、「本件第一商標「BIO/ビオ」の上段部分「BIO」と同一である。また、その称呼においては、本件第二商標「BIO」及び本件第一商標「BIO/ビオ」と同一の「ビオ」の称呼を生ずる。

したがって、被告標章四は、全体として本件商標と類似する。

(5) 被告標章五について

① 被告標章五は、「NARD BIO CREAM」(横書)という文字部分と、「NARD」という文字を組み込んだ壺形図形の部分から成るものであるが、壺形図形の中程の白地部分(壺形図形の上半部分のうちの、さらに約半分を占める白地部分)に「NARD」(横書)という文字表記を組み込んだ図形は、化粧品容器としてありふれた形状の壺形図形中に、前記のとおり化粧品の一種を示す普通名称にすぎない「NARD」という文字表記を組み込んだだけのものであるから、化粧品の標章として、特段の識別機能を有しうるものではない。

被告標章五において、壺形図形の下にある「NARD BIO CREAM」(横書)という文字表記部分は、全体が、互いに間隔を置いて表記される三つの部分から成っているが、「NARD」の部分は、前述のとおり、「ナルドの香油」という化粧品の一種を示す普通名称にすぎず、商品識別機能を有する部分ではない。また、「CREAM」の部分は、化粧品の性状(クリーム状)を表示するにすぎない。すなわち、この文字表記部分は、「BIO」の前後に、商品識別機能を有しない「NARD」及び「CREAM」という表記を付記しただけのものであり、しかも、「NARD」と「BIO」と「CREAM」は互いに間隔を置いて配列されていて、中央に配置されている「BIO」は、外観上も称呼上も最も目立つ部分である。したがって、被告標章五の全体において、商品識別の標識としての機能を果たす要部は、文字表記部分の中央の「BIO」の部分にある。

③ 右「BIO」の部分の外観は、本件第二商標「BIO」と同一であり、かつ、本件第一商標「BIO/ビオ」の上段部分「BIO」と同一である。また、その称呼においては、本件第二商標「BIO」及び本件第一商標「BIO/ビオ」と同一の「ビオ」の称呼を生ずる。

したがって、被告標章五は、全体として本件商標と類似する。

4  損害

(一) 被告は、平成三年一月から平成七年一二月末日までの間に、磁器製容器の側面に被告標章一及び四を付した本件化粧品を少なくとも一三〇〇万円以上販売した。

(二) 本件商標の使用に対して通常受けるべき対価は、商品販売額の一〇パーセントが相当である。

(三) 本件商標権について、過去に実施許諾した例においては、相手方の売上高によらず、二年間(後に一年間延長)で一〇〇万円という定額の実施料が取り決められた。右実例に照らせば、本件においては、平成三年一月から平成七年一二月までの五年間の本件商標の使用に対して通常受けるべき対価として、一三〇万円が相当である。

(四) したがって、原告の損害は、商標法三八条二項により、一三〇万円となる。

5  よって、原告は、被告に対し、商標権に基づき、被告が現在使用している被告標章二、三、五及び六について、侵害行為の差止め及び侵害行為を組成した物の廃棄を求めるとともに、民法七〇九条に基づき、損害賠償として、一三〇万円及びこれに対する不法行為の後であり、平成八年五月二九日付訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成八年五月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

1  請求原因2の事実は認める。

3(一)  請求原因3の事実のうち、被告標章のうち「ナルド」「NARD」の部分は被告が販売する化粧品の総称として認識される部分であること、被告標章のうち「クリーム」の部分は化粧品の性状(クリーム状)を表示するものであること、被告標章のうち「ビオ」の部分の外観は本件第一商標の下段部分と同一であり、同部分の称呼は本件商標と同一であること、被告標章のうち「BIO」の部分の外観は本件第二商標及び本件第一商標の上段部分と同一であり、同部分の称呼は「ビオ」であり本件商標と同一であることは認め、その余は否認する。

(二)(1)  被告標章の要部が「BIO」ないし「ビオ」であることは争う。

(2) 「BIO」について

国語辞典、英和辞典、独和辞典及び仏和辞典に、「BIO」「バイオ」を使用する用語が多く掲載されているところから、「BIO」は、既に日本国民の間に定着した一般用語である。原告が国民共有の用語を独占することは許されない。

(3) 「NARD」「ナルド」について

① 「NARD」「ナルド」とは、植物香料の一種を示す普通名詞ではなく、旧約聖書、新約聖書の記載にあるとおり、古代に存在したとみられる「ナルドの香油」としての化粧品であった。

② 被告は、指定商品を化粧品(薬剤に属するものを除く)として、別紙被告商標目録(一)記載の構成からなる商標の公告決定を得ている。

③ 被告は、指定商品を化粧品として別紙被告商標目録(二)記載の「NARD BIO」なる商標出願をしている。

④ 被告は、指定商品をせっけん類、香料類、化粧品として、別紙被告商標目録(三)記載の「ナルドビオ」なる商標の公告決定を得ている。

4  請求原因4(一)の事実は認め、(二)ないし(四)の事実は否認する。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  請求原因1(原告の商標権)及び2(被告の行為)の各事実は、当事者間に争いがない。

第二  本件商標権侵害の成否について

一  請求原因3(本件商標と被告標章との類否)について判断する。

1  請求原因3のうち、被告標章のうち「ナルド」「NARD」の部分は被告が販売する化粧品の総称として認識される部分であること、被告標章のうち「クリーム」の部分は化粧品の性状(クリーム状)を表示するものであること、被告標章のうち「ビオ」の部分の外観は本件第一商標の下段部分と同一であり、同部分の称呼は本件商標と同一であること、被告標章のうち「BIO」の部分の外観は本件第二商標及び本件第一商標の上段部分と同一であり、同部分の称呼は「ビオ」であり本件商標と同一であることは、当事者間に争いがない。

2  本件第一商標は、別紙登録商標目録1記載のとおり、上段に欧文字で「BIO」と横書きされ、下段に片仮名で「ビオ」と横書きされたものであり、本件第二商標は、別紙登録商標目録2記載のとおり、欧文字で「BIO」と横書きされたものであり、いずれも「ビオ」なる称呼を生じるものである。

3  被告標章一について

(一) 被告標章一は、片仮名の「ナルド」のあとに、一文字分の間隔を置いて片仮名の「ビオクリーム」が一連に表記された横書きの文字標章である。

右一連表記された「ビオクリーム」のうち、「クリーム」の部分は、被告標章一が使用されている本件化粧品(化粧用クリーム)の性状(クリーム状)を示す語であることは明らかであり、被告標章一を見た取引者・需要者としても、右部分を商品の性状を表す語にすぎないものとして認識するのが通常であるから、被告標章一については、「ナルド」、「ビオ」、「クリーム」という三つの独立した語が結合したものとして認識される標章といえる。

(二) 原告は、「ナルド」の文字表記部分が、化粧品に関する香水類の一種を示す普通名称にすぎず、これが化粧品に使用された場合、右の部分は商品識別機能を有する要部ではない旨主張する。

(1) いずれも成立に争いのない甲第一五号証ないし甲第一九号証、乙第二四号証、乙第二六号証、乙第三三号証、乙第三四号証によれば、「ナルド」とは、オミナエシ科に属する植物である甘松ないしは甘松の根茎からとれる香料(甘松香)を意味すること、「ナルドの香油」として新約聖書の物語に登場し、その中では、人の肌に使用することが記述されていること、岩波書店「英和大事典(第一版)」、研究社「新英和中辞典(第四版)」、小学館「ランダムハウス英和大辞典(第二版)」、大修館書店「スタンダード佛和小事典(増補改訂版第一二版)」、白水社「仏和大辞典」には「nard」が、岩波書店「独和辞典」には「narde」が、それぞれ前記のような意味をもつ語として収録されていることが認められ、これらによれば、少なくとも欧米において、「NARD」という語が、聖書の物語と結びついた香料ないしは香水類の一種の名称として存在していることが認められる。

(2) 他方、わが国においては、代表的な国語辞典である岩波書店「広辞苑(第四版)」及び三省堂「大辞林」には、「ナルド」の語は収録されておらず、また、「ナルドの香油」、「甘松」、「甘松香」など「ナルド」に関連する語もいずれも収録されていないこと(当裁判所に顕著である。)、英和辞典でも、学習用、実用に用いられる中辞典である研究社「新英和中辞典(第五版)」(収録語数約七万五〇〇〇語)、学習研究社「アンカー英和辞典(第二版)」、旺文社「サンライズ英和辞典(第二版)」(収録語数約四万三〇〇〇語)には「nard」の語が収録されていないこと(当裁判所に顕著である。)、前記のような新約聖書中のナルドが登場する物語が、わが国においては一般的に知られているといえないことなどからすれば、「ナルド」の語は、原告主張のような普通名称としてわが国において広く一般に認識されているものということはできず、むしろ、特定の観念を生じさせない、なじみの薄いものといえる。

(3) そうすると、化粧品についての一般の取引者・需要者が被告標章一を見た場合、「ナルド」の部分について、これを単に本件化粧品の内容、品質等に関連した普通名称として認識するのが通常であると認めることはできないから、原告が主張するように、この部分について、直ちに商品識別機能を有する要部ではないと断ずることはできない。

(三) 次に、「ビオ」について検討する。

(1) いずれも成立に争いのない甲第九号証、甲第三一号証、乙第二号証、乙第一七号証、乙第三八号証、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二七号証によれば、以下の事実が認められる。

① 原告は、わが国の化粧品業界における大手企業の一つであるところ、昭和三三年ころから本件商標を付した化粧品の販売を始め、以後継続して「BIO」を付した多くの種類の化粧品を販売していた。

② 原告は、昭和五九年から欧文字の「BIO」を横書きした標章を容器等に使用した各種の化粧品を、新しい商品シリーズ(以下「BIOシリーズ」という。)として販売するようになり、以後現在に至るまで、原告の主力商品の一つとして継続して販売している。昭和六二年から平成八年までのBIOシリーズ全体での売上個数及び売上金額は、別表記載のとおりであり、例えば平成八年度においては、売上総数が六〇〇万個、売上総額が七〇億円を超えている。また、平成八年度において、BIOシリーズに属する化粧品の種類としては、洗顔クリーム、化粧水、乳液などの基礎化粧品が二一品種、化粧下地料、白粉などのベースメーク化粧品が一九品種、口紅、アイライナー料、アイシャドウ料などのポイント化粧品が九七品種と多岐にわたっている。

④ 原告は、BIOシリーズの発売以来、主要な女性週刊誌に、しばしば「BIO」の標章が付された商品の写真入りの広告を掲載するなど、BIOシリーズ商品の宣伝活動を行い、平成七年当時の広告宣伝費は年間約七〇〇〇万円であった。

(2) 右認定の事実、すなわち、原告が昭和三三年以降「BIO」なる標章を化粧品に付して販売していたこと、その後新シリーズとして販売開始されたBIOシリーズは、わが国化粧品業界の大手である原告の豊富な品種を擁する化粧品シリーズであり、原告の主力商品シリーズの一つとして、一〇年以上の間、広く宣伝され、かつ大量に販売されてきたものであることからすれば、「BIO」の標章は、原告の化粧品シリーズを表示するものとして、化粧品の取引者・需要者の間で周知であり、その標章自体が化粧品の分野において、強い商品識別力をもつものといえ、さらには、「BIO」と称呼を同一にする「ビオ」の標章にも、やはり化粧品の分野において強い商品識別力があるものといえる。

(四) 被告標章一のうち「クリーム」の部分が、本件化粧品の性状(クリーム状)を示すものであることは、前記(一)認定のとおりであり、商品識別機能を有しない。

(五)  以上のような諸事情を考慮すると、本件化粧品に使用された被告標章一に接した取引者・需要者としては、商品の性状を表すにすぎない「クリーム」の部分や、特定の一般的な観念を生じさせない、なじみの薄い「ナルド」の部分よりも、前記のとおり、化粧品の分野において強い商品識別力を有する「ビオ」の部分に特に注目して取引することもあり、その結果、「ビオ」と称呼して取引することもあるというべきである。

(六)  したがって、被告標章一と本件商標とは、少なくとも称呼において同一であるから、その結果、被告標章一は本件商標に類似するものと認められる。

4  被告標章二について

(一) 被告標章二は、片仮名の「ナルドビオクリーム」が間隔なく一連に表記された横書きの文字標章である。

被告標章二のうち「クリーム」の部分は、前記のとおり、商品の性状を表す語として容易に認識されるから、他の部分から独立した語として認識されるものといえる。

また、「ナルドビオ」の部分につき、「ナルド」と「ビオ」とを独立した語と認識し得るか否かについて検討するに、いずれも成立に争いのない甲第八号証、乙第一四号証、被告が現在使用している本件化粧品の容器及び外箱であることに争いのない検乙第一号証によれば、被告標章二は、本件化粧品の外箱の側面の一か所に使用されているところ、同外箱の上面には欧文字の「NARD」が単独で表記され、同外箱の被告標章二が使用されている側面以外の三つの側面には、いずれも、欧文字の「NARD」のあとに、半角分の間隔を置いて、欧文字の「BIO」が、さらに半角分の間隔を置いて欧文字の「CREAM」が表記された被告標章三が表記され、そのうちの一つの側面には被告標章四及び五に含まれるのと同様の欧文字の「NARD」の文字表記が組込まれた壺状図形一個が表記され、さらに、同外箱に入っている本件化粧品の磁器製容器の上面にも、欧文字の「NARD」が単独で表記され、同容器の側面には、欧文字の「NARD」の文字表記が組込まれた壺状図形と欧文字の「「NARD」のあとに、半角分の間隔を置いて欧文字の「BIO」が、さらに半角分の間隔を置いて欧文字の「CREAM」が表記された文字列からなる被告標章五が付され、また「ナルド」のあとに一文字分の間隔を置いて「ビオ」が、さらに一文字分の間隔を置いて「クリーム」が横書きで表記された文字列からなる被告標章六が付されていることが認められ、このように、「ナルド」と「ビオ」の各部分は独立した語であり、これを一連表記したにすぎないことを示す表記が多数存在するという、本件化粧品における標章の全体的な使用態様を考慮すれば、被告標章二のうち、「ナルドビオ」の部分についても、「ナルド」と「ビオ」を独立した二つの語として認識するのが通常と考えられる。

したがって、被告標章二も、「ナルド」、「ビオ」、「クリーム」という三つの独立した語が結合したものとして認識される標章ということができる。

(二) 右のような被告標章二から。いかなる称呼が生じるかについて検討する。

(1) まず「クリーム」の部分は、前記3(四)認定のとおり、本件化粧品の性状を示すもので、商品識別機能のない部分である。

(2) また、「ナルド」と「ビオ」の語は、いずれも特定の観念を一般的に生じさせる語とはいえず、両者の間に強い結び付きがあるとも認められないうえ、前記のとおり、「ナルド」と「ビオ」が独立した語であることを示す表記とともに使用されていることからすれば、「ナルドビオ」が一連称呼されるべき必然性は認められない。

(3) 「ナルド」の部分は、前記3(二)認定のとおり、一般の取引者・需要者からみて、なじみの薄いものである。

(4) 他方、「ビオ」の標章が化粧品の分野で強い商品識別力を有することは前記3(三)認定のとおりである。

(5)  以上のような設事情を考慮すると、本件化粧品に使用された被告標章二に接した取引者・需要者としては、商品の性状を表すにすぎない「クリーム」の部分や、特定の一般的な観念を生じさせない、なじみの薄い「ナルド」の部分よりも、前記のとおり、化粧品の分野において強い商品識別力を有する「ビオ」の部分に特に注目して取引することもあり、その結果、「ビオ」と称呼して取引することもあるというべきである。

(三)  したがって、被告標章二と本件商標とは、少なくとも称呼において同一であるから、その結果、被告標章二は本件商標に類似するものと認められる。

5  被告標章三について

(一) 被告標章三は、欧文字の「NARD」のあとに、半角分の間隔を置いて欧文字の「BIO」が、さらに半角分の間隔を置いて欧文字の「CREAM」が続く横書きの文字標章であり、「NARD」、「BIO」、「CREAM」という三つの独立した語が結合したものとして認識される標章と認められる。

(二) そこで、右のような被告標章三から、いかなる称呼が生じるかについて検討する。

(1) 「CREAM」の部分は、「クリーム」と同じく、本件化粧品の性状を示すもので、商品識別機能のない部分である。

(2) 「NARD」と「BIO」との間に強い結び付きがあるとは認められず、両者が一連称呼されるべき必然性は認められない。

(3) 「NARD」の部分は、前記3(二)認定のとおり、わが国においてはなじみの薄い語であり、ローマ字読みも容易でなく、前掲甲第一五号証ないし甲第一七号証、乙第二四号証、乙第二六号証によれば、「nard」の語は、英語としては[nd]、[nrd][nrd][n:rd]、フランス語としては[na:r]と発音されることが認められ、一義的な称呼が生じにくいものである。

(4) 他方、「BIO」の部分は、前記3(三)認定のとおり、原告の化粧品シリーズを表示する標章として、化粧品の取引者・需要者の間で周知であり、その標章自体が化粧品の分野において、強い商品識別力を有するものである。

(5)  以上のような諸事情を総合考慮すると、本件化粧品に使用された被告標章三に接した取引者・需要者としては、商品の性状を表すにすぎない「CREAM」の部分や、なじみが薄く、一義的な称呼が生じにくい「NARD」の部分よりも、化粧品の分野において強い商品識別力を有する「BIO」の部分に特に注目して取引することもあり、その結果、そこから「ビオ」と称呼して取引することもあるというべきである。

(三)  したがって、被告標章三と本件商標とは、少なくとも称呼において同一であるから、その結果、被告標章三は本件商標に類似するものと認められる。

6  被告標章四について

(一) 被告標章四は、上段に、壺をかたどった図形にその上部から約三分の一のところを帯状の白抜き空白部分とし、そこに「NARD」の欧文字を横書きし、この壺状図形の下段には、欧文字の「BIO」のあとに、半角分の間隔を置いて欧文字の「CREAM」を横書きした文字表記部分を配した構成から成る。

被告標章四は、上段の文字表記部分を含む壺状図形と下段の文字表記部分が全体として一体に結合した標章であり、また、下段の文字表記部分は、「BIO」、「CREAM」という二つの独立した語が結合したものとして認識される標章といえる。

(二) ところで、原告は、被告標章四中の「NARD」という文字表記が組込まれた壺状図形について、「NARD」が化粧品の一種を示す普通名称にすぎないこと、壺状図形は化粧品の容器としてはありふれた形状にすぎないことを理由に、商品識別機能を有する要部に当たらない旨主張する。

しかしながら、「NARD」の文字表記部分が、化粧品の一種を示す普通名称として広く一般に認識されているものでないことは、前記3(二)において認定したとおりであり、また、壺状図形中の白抜き部分に「NARD」の文字を組合わせた図形を全体としてみて、これが化粧品の容器等に使用された場合に、商品識別の機能をもち得ないほどに、ありふれた形状であると認めることはできない。

したがって、被告標章四中の「NARD」という文字表記が組込まれた壺状図形部分が、商品識別機能を有しないと断ずることはできず、この点についての原告の主張は、理由がない。

(三) そこで、被告標章四の称呼について検討する。

被告標章四の下段の文字表記部分のうち「CREAM」の部分は、前記5(二)認定のとおり、本件化粧品の性状を示すもので、商品識別機能のない部分であること、下段の文字表記部分のうち「BIO」の部分は、前記3(三)認定のとおり、原告の化粧品シリーズを表示する標章として、化粧品の取引者・需要者の間で周知であり、その標章自体が化粧品の分野において、強い商品識別力を有するものであること、他方、上段の壺状図形に組込まれた「NARD」の文字は、一般の取引者・需要者からみて特定の一般的な観念を生じさせない、なじみの薄い語であり、図形の中に組込まれていることもあって、特に、取引者・需要者の注意をひかないことなどの事情を総合考慮すると、本件化粧品に使用された被告標章四に接した取引者・需要者としては、商品の性状を表すにすぎない「CREAM」の部分や、壺状図形に組込まれ、なじみの薄い「NARD」の部分よりも、化粧品の分野において強い商品識別力を有する「BIO」の部分に特に注目して取引することもあるものと認められ、その結果、「ビオ」と称呼して取引することもあるというべきである。

(四)  したがって、被告標章四と本件商標とは、少なくとも称呼において同一であるから、その結果、被告標章四は本件商標に類似するものと認められる。

7  被告標章五について

(一) 被告標章五は、上段に被告標章四と同様の壺状図形を配し、この壺状図形の下段には、欧文字の「NARD」のあとに、一文字分の間隔を置いて欧文字の「BIO」を、さらに一文字分の間隔を置いて欧文字の「CREAM」を横書きした文字表記部分を配した構成から成る。

被告標章五は、上段の文字表記部分を含む壺状図形と下段の文字表記部分が全体として一体に結合した標章であり、また、下段の文字表記部分は、被告標章三と同様に、「NARD」、「BIO」、「CREAM」という三つの独立した語が結合したものとして認識される標章といえる。

(二) そこで、被告標章五の称呼について検討する。

被告標章五の下段の文字表記部分のうち「CREAM」の部分は、前記5(二)認定のとおり、本件商品の性状を示すもので、商品識別機能のない部分であること、下段の文字表記部分のうち「BIO」の部分は、前記3(三)認定のとおり、原告の化粧品シリーズを表示する標章として、化粧品の取引者・需要者の間で周知であり、その標章自体が化粧品の分野において、強い商品識別力を有するものであること、他方、上段の壺状図形に組込まれた「NARD」の部分及び下段の文字表記中の「NARD」の部分は、一般の取引者・需要者からみて特定の一般的な観念を生じさせない、なじみの薄い語であること、「NARD」と「BIO」との間に強い結びつきがあるとは認められず、両者が一連称呼されるべき必然性は認められないことなどの諸事情を総合考慮すると、本件化粧品に使用された被告標章五に接した取引者・需要者としては、商品の性状を表すにすぎない「CREAM」の部分や、なじみの薄い「NARD」の部分よりも、化粧品の分野において強い商品識別力を有する「BIO」の部分に特に注目して取引することもあるものと認められ、その結果、「ビオ」と称呼して取引することもあるというべきである。

(三)  したがって、被告標章五と本件商標とは、少なくとも称呼において同一であるから、その結果、被告標章五は本件商標に類似するものと認められる。

8  被告標章六について

(一) 被告標章六は、片仮名の「ナルド」のあとに一文字分の間隔を置いて片仮名の「ビオ」が、さらに一文字分の間隔を置いて片仮名の「クリーム」が表記された横書きの文字標章であり、「ナルド」、「ビオ」、「クリーム」という三つの独立した語が結合したものとして認識される標章といえる。

(二)  してみると、本件化粧品に使用された被告標章六に接した取引者・需要者としては、被告標章一及び二について述べたのと同様の理由で、商品の性状を表すにすぎない「クリーム」の部分や、特定の一般的な観念を生じさせない、なじみの薄い「ナルド」の部分よりも、前記3(三)のとおり、化粧品の分野において強い商品識別力を有する「ビオ」の部分に特に注目して取引することもあり、その結果、「ビオ」と称呼して取引することもあるというべきである。

(三)  したがって、被告標章六と本件商標とは、少なくとも称呼において同一であるから、その結果、被告標章六は本件商標に類似するものと認められる。

9  以上のとおりであるから、被告標章一ないし六は、いずれも本件商標に類似する。

10  被告の主張について

(一) 被告は、「BIO」の語は既に日本国民の間に定着した一般用語であり、これを原告が独占することは許されない旨主張する。

右被告の主張は、善解すれば、「BIO」の語が一般用語であることを理由に、被告標章三ないし五中の「BIO」の部分が商品識別機能を有する標章の要部ではなく、本件商標と被告標章との類似性を争う趣旨の主張であると解されるところ、右主張は以下に述べるとおり失当である。

(1) 前掲乙第二四号証、乙第二六号証、いずれも成立に争いのない乙第一号証、乙第二二号証、乙第二三号証、乙第二五号証によれば、一般の英和辞典、独和辞典、仏和辞典において、「bio」の語が「生命」を意味する接頭語として掲載され、これを接頭語として用いた語も数多く掲載されており、また、一般の国語辞典にも、「バイオ」の語が「生命・生物の意で他の語と複合して用いられる、もしくはバイオテクノロジーの略称」として掲載され、これを用いた合成語もいくつか掲載されていることが認められ、これらによれば、「BIO」ないし「バイオ」の語は、右のような意味を有する接頭語として、わが国においても一定程度普及してきているものと認められるけれども、このことから直ちに「BIO」という語が一般用語であるとまで認めることはできない。

また、わが国において一定程度普及している右のような「BIO」ないし「バイオ」がもつ観念と、本件商標の指定商品であり、被告標章が付されている化粧品という商品との間に特段の結びつきは認められないから、「BIO」という標章が化粧品に使用された場合、当該標章が商品識別機能をもち得ないということはできない。かえって、「BIO」の標章は、原告の化粧品シリーズを表示するものとして周知であり、化粧品の分野において強い商品識別力をもつものであることは、前記認定のとおりである。

(2) また、成立の争いのない乙第一六号証によれば、指定商品を旧分類による第四類として、「BIOCRYSTAL」「ビオ ドロップ/BIO DROP」「BIOCOSMEDICS」「ビオソフィ/BIOSOFFY」「BIOTREND」「BIOMELODY/ビオメロディ」「BIOCONTROL」「BIOCHARM」「BIO VEIL」「BIOCLUB」「BIOWASH」「ビオフレッシュ」等の商標が登録され、更に、図形と結合したものとして「BIO―GARTEN」「BIOAQUA」等が登録されていることが認められるものの、これらの商標は、「BIO」に続く「CRYSTAL」等の商品の出所識別機能を有する文字と結合しており、そのほとんどが接頭語的に使用されているものであって、被告標章のように、「BIO」に続く語句が「CREAM」という、普通名詞化され、識別機能がない語である場合とは異なるから、同一に論じることはできない。

また、いずれも成立に争いのない乙第一九号証、乙第二九号証の一、二、乙第三一号証の一、二、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第三〇号証によれば、ナリス化粧品では図形と結合して「ナリスビオクィーンオールパス」「ナリスビオクィーンエンリッチ」「ナリスビオクィーンリンクルエッセンシャル」「ナリスビオクィーンマッサージングパック」「ナリスビオクィーンモイスト」を商標登録し、花王では「ビオレU」の標章で、三基商事株式会社では「BIODROGA/ビオドラガ」の標章で化粧品を販売していることが認められるけれども、他の化粧品会社が「ビオ」を一部に含む標章を使用していることをもって、「BIO」ないし「ビオ」が一般用語化しているとはいえない。

(二) また、被告は、別紙被告標章目録(一)及び(三)の標章につき、特許庁において商標の公告決定を得ていること、別紙被告商標目録(二)記載の標章につき、商標出願をしていることを本件商標と被告標章との類似性を否定する主張の根拠とする。

しかしながら、単に商標出願をしているとの事実が右主張の根拠となり得ないことは明らかである。また、公告決定を受けている標章についても、公告決定をした特許庁審査官の判断が裁判所の判断を直接拘束するものではないうえに、別紙被告商標目録(一)記載の標章は、本件における被告標章とは全体として明らかに異なるものであるから、これに関する特許庁審査官の判断が本件商標と被告標章との類否判断を左右するものではなく、別紙被告商標目録(三)記載の標章についても、被告標章と同一でないうえ、特許庁審査官の判断は、被告標章の具体的使用態様をも考慮に入れた前記のような裁判所の判断とは、その性質を異にするというべきであるから、前記判断を左右するに足りない。

(三) よって、被告の主張は、いずれも理由がない。

二  被告標章が使用されている本件化粧品が、本件第一商標権の指定商品中の「他類に属しない化粧品」、本件第二商標権の指定商品中の「化粧品」に該当することは、当事者間に争いがない。

三  以上のとおり、被告が被告標章一ないし六を本件化粧品について使用することは、いずれも本件商標権を侵害する行為といわざるを得ない。

第三  差止請求及び廃棄請求の可否について

一  請求の趣旨第一項について

被告が、被告標章五及び六を本件化粧品の磁器製容器の側面に付し、また、被告標章二、三及び五を本件化粧品の外箱の側面に付して、本件化粧品を販売していることは、前記のとおり、当事者間に争いがなく、被告の右行為は、本件商標権を侵害する行為である。また、被告は、被告標章二、三、五及び六を化粧品、その容器若しくは包装に付して化粧品を販売し、本件商標権を侵害するおそれがある。

したがって、請求の趣旨第一項の差止請求は理由がある。

二  請求の趣旨第二項について

被告が、被告標章五の付された本件化粧品の容器が表示された商品カタログを本件化粧品の販売のために頒布し、また、被告標章五を本件化粧品の宣伝用看板に使用していることは、前記のとおり、当事者間に争いがなく、被告の右行為は、本件商標権を侵害する行為である。また、被告は被告標章五を化粧品に関する広告物に付し、これを付した広告物を展示若しくは頒布して、本件商標権を侵害するおそれがある。

さらに、被告は、被告標章六を本件化粧品の磁器製容器の側面に付し、被告標章二及び三を本件化粧品の外箱の側面に付して、本件化粧品を販売しているのであるから、被告標章二、三及び六についても、化粧品に関する広告物に付し、これを付した広告物を展示若しくは頒布して、本件商標権を侵害するおそれがあるものと認められる。

したがって、請求の趣旨第二項の差止請求は理由がある。

三  請求の趣旨第三項について

被告標章二、三及び五を付した本件化粧品の外箱、被告標章五及び六を付した本件化粧品の磁器製容器、被告標章五を付した商品カタログ及び被告標章五を付した宣伝用看板は、本件商標権侵害行為を組成した物であり、かつ、前二項の差止請求を実効あらしめるためには、右各侵害組成物の廃棄が必要というべきである。

しかしながら、右各侵害組成物のほかに、本件商標権侵害行為を組成した物の存在を認めるに足りる証拠はなく、右各侵害組成物以外の物の廃棄が、具体的に侵害の予防に必要な行為ということはできない。

したがって、請求の趣旨第三項の請求は、右各侵害組成物の廃棄を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

第四  損害賠償請求について

一  被告が、平成三年一月から平成七年一二月末までの間、本件化粧品の磁器製容器の側面に被告標章一及び四を付して本件化粧品を販売していたこと、平成七年一〇月ころまで本件化粧品の販売のために頒布していたチラシ及び商品カタログに被告標章四が付された本件化粧品の容器が表示されていたことは、前記のとおり、当事者間に争いがなく、被告の右行為は、本件商標権を侵害する行為である。そして、商標法三九条、特許法一〇三条により、被告は右商標権侵害行為につき過失があったものと推定され、右推定を覆すに足りる事実の立証はないから、被告は原告に対し、被告の右商標権侵害行為によって原告が被った損害につき賠償すべき責任がある。

二  損害額について

1  被告が、平成三年一月から平成七年一二月末日までの間に、被告標章一及び四をその磁器製容器に付した本件化粧品を、一三〇〇万円以上販売したことは、当事者間に争いがない。

2  本件商標権の使用に対し通常受けるべき金銭として相当な額について、原告は、本件化粧品の前記販売額の一〇パーセントである一三〇万円が相当である旨主張する。

いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、四、甲第二九号証、甲第三一号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 外国からの技術導入に当たっての実施料率データを技術分野別に収集した社団法人発明協会発行の「実施料率(第四版)」によれば、化粧品が属する医薬品・その他の化学製品の分野において、昭和六三年度から平成三年度までの四年間における、イニシャルペイメントがない場合の実施料率は、一四一件の契約例で、平均値が5.01パーセント、最頻値が五パーセントであり、イニシャルペイメントがある場合の実施料率は、二一一件の契約例で、平均値が5.93パーセント、最頻値が五パーセントである。右分野において、実施料率八パーセントを超える例が合計で五九例あるが、その大多数は医薬品関係のものであり、そのなかでも製造技術関連のものがほとんどであり、商標のみの許諾例で実施料率八パーセントを超える例は、右合計三五二例中、四件である。他方、その他の分野では、商標権の実施料率が一〇パーセントを超える例が数件存在し、実施料率は年々上昇する傾向にある。

(二) 原告は、タカラベルモント株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、昭和五九年ころ、本件第二商標権につき、三年間の通常使用権を設定した。原告と訴外会社は、右契約において、二年間(後に一年間延長)で一〇〇万円という定額の実施料を取り決めたが、その経緯は、訴外会社による本件商標権侵害の事実が発覚し、これについて、原告が警告を発したところ、訴外会社から話し合いの申出があり、その結果、訴外会社が侵害の事実を認めて一〇〇万円を支払うかわりに、在庫処分のために訴外会社に一定期間の商標使用を許諾するという合意が成立したというものであった。

(三) 原告は、重要な商標権について第三者に使用許諾した実例はなく、侵害行為を発見した場合、一〇〇万円ないし二〇〇万円の支払いを受けて若干の猶予期間使用を許諾した例があり、また、それほど重要でない商標については、使用商品の販売額に関係なく、年間五〇万円程度の使用料の支払いを受けて使用許諾した例がある。

3  右認定の事実に、本件商標が化粧品の分野において周知な商標であり、本件商標を付したBIOシリーズが原告の主力商品の一つをなしていること及び被告の侵害行為の態様その他本件にあらわれた一切の事情を総合考慮すれば、本件商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額は、一〇〇万円(一年当り二〇万円、争いのない販売額の約八パーセント)と認めるのが相当である。

4  したがって、本件において、被告の本件商標権侵害によって、原告が被った損害は、商標法三八条二項により、一〇〇万円となる。

三  以上により、原告の損害賠償請求は、一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後であり、平成八年五月二九日付訴え変更申立書送達の日の翌日である平成八年五月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

第五  結論

よって、原告の本訴請求は、主文第一項ないし第四項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙部眞規子 裁判官榎戸道也 裁判官大西勝滋)

別表

BIO売上げ

年度

売上個数

(千個)

売上金額

(百万円)

1987(昭62)

3.060

6.188

1988(昭63)

2.539

5.645

1989(平01)

3.442

5.473

1990(平02)

3.332

5.120

1991(平03)

2.949

4.445

1992(平04)

2.014

2.744

1993(平05)

2.415

4.826

1994(平06)

4.697

6.683

1995(平07)

7.069

6.976

1996(平08)

6.170

7.173

〈別紙〉

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